東京都 江戸川区で学習塾4校を運営しているアースライト(※)は、北葛西校の外装にて、神社を模したエンタメランドマーク看板を採用した。社長 岡本貴士氏(写真左)に、その意図と効果を聞いた(写真右は高橋芳文)。
※ 本文中では、取材先の呼び名として、会社名「アースライト」ではなく、学習塾の屋号「クリップアカデミー」を使用します。
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― クリップアカデミーの概要について教えてください。
クリップアカデミーは、小中学生向けの補講系の学習塾です。東京都 江戸川区において4校を運営しています。2007年の年商は8012万円。現在の正社員数は6名です。
看板デザイン・アイデアラボには、北葛西校の移転に際し、外装一式の企画、立案、施工を依頼しました。普通の外装ではなくエンタメランドマーク看板を作ってもらいました。
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― 看板デザイン・アイデアラボにはどんなエンタメランドマーク看板を依頼したのですか。
「塾の入り口に大きな鳥居をつけて、それを『合格神社』と名付けましょう。そして「面白い学習塾」として江戸川区の住民に認知されるようにしましょう」という提案があり、これを採用しました。作った外装は以下のようなものです。
― 率直にお聞きします。学習塾という「勉強をする場所」に、こんなふざけた外装をつけることに、ためらいはありませんでしたか。
質問の趣旨は分かります。合格神社のような外装は、やらないのが普通の感覚だと思います。しかし、わたしとしてはためらいはありませんでした。理由は以下の5点です。
- 「外すかもしれない。でも当たればデカイと思った」
- 「他の塾がマネしたくてもできないことをしたかった」
- 「従業員に反対されて、かえって『これはイケる』と思った」
- 「新聞折り込みチラシ以外の集客手段を得たかった」
- 「クリップアカデミーはもともと『楽しく勉強する塾』をコンセプトにしている塾である。また江戸川区に地域密着した塾である(だから合格神社でもたぶん大丈夫)」
それぞれの理由についてご説明いたします。
第一の理由、「外すかもしれない。でも当たればデカイと思った」ことについて。エンタメ看板は集客手段としては劇薬的な手法です。中途半端では外します。でも、当たればデカいでしょう。賭けてみたいと思いました。
第二の理由、「他の塾がマネできないことをしたかった」ことについて。仮に「この合格神社が当たった、大成功した」とします。他のライバル塾も後を追ってマネしてくるでしょうか。わたしはマネしてこないと思います。塾業界は、保守的な業界だからです。競合がマネをしてこない集客方法は、よい方法です。
第三の理由、「従業員に反対されて、かえって『これはイケる』と思った」ことについて。最初、「合格神社」の構想を従業員に話したところ、大反対されました。拒否反応が出るということは、合格神社のコンセプトが、少なくとも中途半端ではないということです。かえって安心しました。
第四の理由、「新聞折り込みチラシ以外の集客手段を得たかった」ことについて。学習塾の一般的な集客方法は「新学期が始まる3月~4月頃に新聞に折り込みチラシを入れること」です。クリップアカデミーもチラシには力をいれています。しかし、集客方法が単一しかないのは不安です。他の方法を確保しておきたいと考えました。
第五の理由、「クリップアカデミーはもともと『楽しく勉強する塾』をコンセプトにしている塾である。また江戸川区に地域密着した塾である」ことについて。クリップアカデミーは「知識を詰め込むより先に、まず勉強を好きになってもらうこと」を塾としての方針にしています。今いる生徒のお父さんお母さんにも、そうした塾のあり方はご理解いただいています。ならば「合格神社」でもさほど違和感は与えないだろうと予測しました。またクリップアカデミーは、かつての「江戸の下町」である江戸川区での地域密着型の塾です。江戸川区の皆様は「合格神社」をきっと受け入れてくださるだろうと予測しました(願いました)。
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以上のように考え、葛西校の外観は『合格神社』にすると心を決めました。
― ここまでの説明で、合格神社コンセプトを決定するための岡本社長の「心の中の整理のしかた」は分かりました。次は、「外部条件をどうクリヤーしたか」について、逐一質問させてください。最初の質問です。合格神社は、大家さんから反対されませんでしたか?
大家さんからの反対はありませんでした。合格神社の施工するに先立ち、上階にお住まいの大家さんには、念入りにご説明申し上げました。幸い、大家さんもご商売をなさっている方で、集客やマーケティングのための活動には、理解を示してくださいました。
― 上階には、大家さんの他に一般の方もお住まいのようです。反対されませんでしたか。
大家さんに対するのと同様に、一軒ずつ廻って丁寧に説明することで、ご理解をいただけました。
― 従業員から反対されたとのことですが、どう言って説得したのですか。
反対する従業員には「もし損害が出たら、私が給料から補填するから」と言って理解してもらいました。説明を繰り返し、最後は従業員に同意してもらいました。
― 合格神社のオブジェに、落書きされる可能性があるとは思いませんでしたか。
落書きやいたずらは確かに心配でした。しかし幸いなことに、この神社の外装は建物保険の対象として認められました。保険会社によれば「通常の看板(またはオブジェ)は建物とは別の物体なので、建物保険の対象には含まれない。しかし、この神社のオブジェは建物と一体化しており、建物の一部なので、建物保険の対象に含めることが可能」との説明でした(※)。
― 合格神社は今は作ったばかりなので、ピカピカできれいです。しかし年月が経ち、汚れたり色あせたりすれば、みすぼらしくなるでしょう。それは心配しませんでしたか。
高橋さんの提案により、汚れ、色あせ対策として「光触媒」という特殊なコーティングをほどこしました。これにより10年以上、ほぼ今のままの輝きを保てるとのことです。
※ 「現在、年間3万円の建物保険料を払っています」
― 12月に合格神社の外装を作ってから1カ月が経過しました。その後の集客効果はいかがですか。
合格神社の外装により、すでに期待を上回る集客効果が出ています。
学習塾における集客の最盛期は通常、3~4月の新学期の時期、1月~2月は申し込みが少ないのが普通です。しかし、今年は、既に何人もの入塾申し込みが来ています。
今日もお母さん三人が揃って入塾申し込みに来てくださいました。三人揃って来たと言うことは、口コミ効果が生じている証拠です。期待通りです。
「路面店としての集客動線」も強化しました。現在、塾の玄関口(合格神社のそば)には、入塾案内チラシをスタンドに入れて置いています。そのチラシの減りが速い。集客動線として「1):まず合格神社に目がとまる。2):立ち止まって窓の外の10箇条を読む(※)、3):興味を持ち、チラシを取って帰る」という流れが確立しているようです。
また集客の他に、求人も改善されました。意外な副次効果でした。
※1: 北葛西校舎の生徒数は、 2008年2月~4月にかけて、33名 → 45名 → 52名と、順調に増えています(2008年5月 追加情報)。
※2 「地元のお年寄りの方が、10箇条を、立ち止まってじっと読んでくださる姿もよく目にします」
― 「合格神社エンタメ看板により、求人状況が改善された」とは具体的には?
求人雑誌に広告を出す時に、「合格神社」の写真を載せたところ、反応(応募者数)が以前に比べ大幅に増えました。
クリップアカデミーが求人をする際の売り文句は「子どもたちといっしょに、明るく元気に働く職場です」ということです。そして、2008年からは、広告ページには、「子どもたちと明るく楽しく」という言葉だけでなく、合格神社の「写真」が加わりました。そうした写真があることで、「この塾は外装をいじってまで『明るく、楽しく』を実現しようとしている。ここは本気だ」ということが求職者に感覚的に伝わったこと。それが応募者増の理由だと推測します。
最近は、新卒学生からも反応が来ています。今は、中小企業が新卒採用するのは難しい世の中です。「合格神社」の写真の効果は絶大でした。
― この看板の気に入っているところを教えてください。
私がエンタメ看板に興味を持つようになった経緯は次のとおりです。
まず、2007年春頃に、このまま新聞チラシだけで集客していていいのかと思うようになりました。前述したとおり、学習塾の集客手段は、新聞の折り込みチラシが基本(ワンパターン)です。クリップもチラシを重視しています。しかし新聞の購読者数は今後減っていくでしょう。集客媒体をいつまでも新聞チラシだけに頼るのは危険だと考えるようになりました。
2007年夏頃に、チラシ以外の集客手段としてホームページに注目するようになりました。今はインターネットが普及しているので、インターネットで塾を探すお母さんも多いと考えました。2007年夏にホームページを開設し、生徒達の声や、イベントの様子などを載せるようにしました。
さらに2007年秋頃になると、ホームページを作ったことで、「検索ボックス」への関心が高まり、それが看板への関心につながってきました。最近はテレビCMの最後に「くわしくは●●で検索」といった表示がなされるようになりました。街の野立て看板にも、検索の案内が書いてあります。「なるほど、野立て看板からホームページに導く集客動線もアリなのか」と思いました。
それからあれこれ考えていくうちに、ふと「うちの塾だって、洋服屋さんやお菓子屋さんと同じ路面店だ。お客さんは、地域住民、つまり江戸川区の道を歩いているお父さんお母さん、子供たちだ。だったら、洋服屋さんやお菓子屋さんと同じように、看板や外装でアピールしたっていいじゃないか」と思いました。「塾は年に一回チラシで集客するのが基本だ。看板などどの塾も気にしない。ならばやる価値がある。他を出し抜けるかもしれない」とも思いました。自分の中で看板への関心が急速に盛り上がりました。
そして「よし、看板にトライしてみよう」と思い、グーグルで「看板 制作」などのキーワードで検索をしました。そうして5社をピックアップし、それぞれに電話で問い合わせをしました。その中の一社が看板デザイン・アイデアラボでした。2007年11月のことです。
― 5社の看板制作業者をどのような基準で比較したのですか。
看板会社5社には「現場を知っている人と話したい。営業マンとは話したくない」と伝えました。
売るのが仕事である営業マンが来ると「どういう看板をご希望ですか」と問いかけて、こちらの意向に合わせようとするでしょう。それは嫌でした。素人である私の意向に合わせてもらってもしょうがないと思いました。私が欲しかったのは、看板のプロからの「提案」でした。だから、私のご機嫌を取ってくる「営業マン」ではなく、創意工夫を以て看板を作っている「現場の人」と話がしたいと思ったのです。
結局、5社のうち、「現場の人」と話せたのは、3社でした。
― その3社の「現場の人」の印象はいかがでしたか。
看板デザイン・アイデアラボ以外の2社は「誠実に定型業務をこなしている真面目な制作者」でした。どちらも提案力がありませんでした。「どんな看板をお作りしましょうか」と聞いてきたのでがっかりしました。
― 看板デザイン・アイデアラボ(高橋)はいかがでしたか。
高橋さんは個性的な人でした。私が「まずは提案してくれませんか」と聞いたら、「『とりあえず』という形での無料提案はしません」とのことでした。この人は自信がありそうだ、何かやってくれそうだと感じたので、「有料でも良いので提案してくれ」と頼みました。すると「20万円を先払いしてください。20万円に値する提案書を作成いたします」と言われました。承諾しました。
― 初対面の会社の提案書作成に20万円を先払いするとは、率直に言って勇気があるなと思います。
わたしは無形のものにお金を払うのが好きです。形あるモノ、有形のモノは競合の塾も含め、誰もが買います。それを買っても他塾と差別化はできません。しかし無形のモノは、みなが買うのをためらいます。ならば買う価値があると私は考えます。無形の何かへの投資は当たればデカいと考えます。
また、高橋さんのような型破りな看板屋さんは、他の塾では使いこなせないだろうとも思いました。だったら自分が先に使いこなそう。そうすれば差がつけられるとも考えました。
看板デザイン・アイデアラボ高橋さんと初めて会話したのが11月10日。その後、契約書を締結してすぐ20万円を振り込みました。それから20日ぐらい後に、高橋さんから「通常版」、「合格神社 平面版」、「合格神社 立体版」3つの案を作ったので見てほしいと言われました。
その時、高橋さんから出された提案書は以下のようなものです。
「合格神社 立体版」
「合格神社 平面版」
「通常版」
― 結局、「合格神社 立体版」の案を採用されました。理由は何ですか。
どの案を採用するかは、直感で、1秒で決めようと最初から思っていました。三案を見たとき、自分の目が自然と「合格神社 立体版」に惹かれるのが分かりました。これにしますと、高橋さんに伝えました。
その後、二~三回のデザイン微調整を経て、最終案が出来上がりました。打ち合わせの最中に、高橋さんから「塾の掟 十箇条を考えて、外壁のガラス窓に書くと面白いよ」と言われ、それもそうだと思い、次のような「塾の掟十箇条」を考えました。
葛西校ガラス窓に書かれた
一、先生のギャクは必ず笑うこと
一、宿題を忘れても元気に通うこと
一、明るく元気にあいさつをすること
一、塾に来たらたくさん笑って帰ること
一、面白い話は先生に紹介すること
一、お母さんと喧嘩をしたときは相談すること
一、兄弟姉妹と仲良くすること
一、90点を取ったらめちゃくちゃ自慢すること
一、100点を取ったら先生にジュースをおごってもらうこと
一、「お母さんありがとう」を一日に三回言うこと
工事開始は12月中旬でした。塾の開校日は12月25日に決定していたので、工期はわずか10日程度です。看板デザイン・アイデアラボには突貫工事で取り組んでいただきました。高橋さんやスタッフの尽力により、合格神社の外装は、無事、開校日に間に合いました。
それ以後、合格神社がクリップアカデミーにもたらしてくれた効果は、先ほど述べたとおりです。今回、外装を合格神社にして正解でした。
― 看板デザイン・アイデアラボはどんな会社に向いていると思いますか。
看板デザイン・アイデアラボは、「変化を求める経営者」、「毒にも薬にもならない凡庸ではなく当たればデカイ劇薬を求める経営者」に向いているでしょう。逆に言えば、変化を求めない経営者、横並びが好きな経営者には看板デザイン・アイデアラボは向いていません。
またエンタメ看板に安易な期待をいだく経営者にも向いていません。「面白い看板を作りさえすれば、話題になって人がわんさか集まる」というノリでは失敗します。集客の動線の設計、つまり「その看板が地域住民にどういう第一印象を持たれるか」、「その後、どういう動線を経て、店舗まで呼び込めるか」などの構想を、看板を作る前に、持っている必要があります。看板で客を呼ぶには、緻密に集客の設計を考えなければいけません。
― 看板デザイン・アイデアラボはどんな会社に向いていると思いますか。
今回の、神社のエンタメ看板は、さすが高橋さんというべき素晴らしいできあがりでした。最初、反対していた従業員も今ではすっかりおもしろがっています。集客力も向上し、求人状況も改善しました。本当にありがとうございました。
高橋さんには、これからもどんどん面白い看板を作って、世の中の商売を面白くしていくことを期待します。がんばってください。