第二回目。いまや東京を代表するランドマークとなった巨大なサイン「I LOVE 歌舞伎町」や、野方の商店街で開催されSNSなどでおおいに話題になった「エイプリルフールに人がクスッとするジョークの張り紙プロジェクト」など、これまでにないエンタメ看板の仕掛人として活躍する“看板キッド”こと高橋芳文さんに、看板ウオッチャーとしても知られる放送作家の吉村智樹が迫ります。
今回はその第二回目。
高橋さんの発明である「顔出し顔ハメ看板」についてうかがいます。斬新な発想をささえたのは、言葉へのこだわりでした。
――高橋さんの名を一躍ちまたに広めた発明のひとつに「顔出し顔ハメ看板」がありますね。地面に設置してあるのが当たり前とされてきた顔ハメ看板を手持ちで可動式にしたアイデアには驚かされました。ニュース番組でもずいぶん採りあげられましたね。
これも「顔ハメへのオマージュ」なんです。僕はそういう「少しずらしたオマージュ」が好きなんです。
――前回は「VOWへのオマージュ」というお話でしたが、これもそうなのですね。
はい。僕の発想の基本はオマージュなんです。「顔ハメ」ってむかしからあるじゃないですか。さびれた遊園地なんかに、ぽつんとね。看板をくりぬいて、穴をあけて、誰でも簡単に顔を出せるというあれ。でも、いままでの顔ハメ看板は穴が丸いですよね。ずっと変わらない。そこを現代風にアレンジすると新しいものが生まれるんじゃないかと考えたんです。
――なるほど。では旧来の顔ハメ看板との違いを教えてください。
まず、穴をただの丸にしないで、さらに大きくし、ふたりで顔出しできるようにしました。ひとりだけじゃなくふたりだと笑顔になるし、穴が大きいからふたりとも顔をつきだせる。顔をどう出すかによって、写真に撮った時の印象がぜんぜん違うんです。立体的な写りにしたかったら、この枠よりぐっと顔を出す。これがコツ。
――いっぺんにふたり顔を出せる顔ハメは、いい記念になりますね~。穴の大きさはペアでも充分おさまりますし、アナログなプリクラという印象です。
アナログなプリクラということであれば、コメントを看板のなかに書ける点もそうかな。余白をつくってコメントをペンで書きこめるようにしてあります。看板って見るものであって「書きこんでいいよ」っていままでないじゃないですか。でも「コメントもどんどんどんどん入れてっていいよ。でもお店のロゴだけ消さないでね」とだけ裏に明記しておけば、お客さんが看板に参加できるんです。メッセージがいっぱいになったら壁などに貼っておくと、お店の財産になりますでしょうし。それに描くスペースがなくなれば、またうちにも注文してもらえますから(笑)。そういう点で紙製にしたり、安くできる方法を考えています。看板をコミュニケーションツールとして使ってほしいから。
――コミュニケーションツールという観点で看板をとらえることもとても新鮮です。この「顔出しハメ看板」はどういう現場でのニーズが考えられますか?
結婚式場ですね。看板に記念の寄せ書きを入れたり、ふきだしにセリフを書きこんだりして撮影ができます。新聞の一面だったり、FacebookやInstagramのフレームをかたどってね。
――「いいね!」が一万件ついてますね(笑)。
こうすることでSNSでシェアしてもらえる。シェアされることを前提として考えたんです。
――アナログの代表選手のように前時代的な顔ハメが、スマホの時代にマッチするなんて、泣けてきますね。
「デジタルサイネージ」って聞いたことありますか?
――いえ、ないです。
デジタルサイネージとは「映像看板」のこと。映像がどんどん流れる看板を意味します。いろんな情報をタイムリーに流せるので「看板の最先端」と呼ばれているんです。最新情報のアップデートに対応できるし、これからの看板としてすごくいいですよって言われている。うちでもやっています。でもこれが最先端かと言われると、そうかなあ? 情報は砂糖のようなもので、甘くておいしいけれど、そんなにたくさんコーヒーに入れると、まずくて飲めない。情報も同じで、ある程度の量を超えると人は拒否するんです。だから店頭に置く看板は、映像にしないでアナログなままがいい場合もあるんじゃないでしょうか。
――情報は砂糖! そのたとえはすっと入ってきました。
それにアナログなカタチにシフトした方がスマホなんかに撮ってもらってシェアされる記号になりやすいんじゃないかって。
――おっしゃるとおり映像看板を静止画や動画に撮ってまで拡散する人はいないでしょうね。
これは前回の「看板にVOW的要素をにじませる」という考え方につながるんですが、チープなほうが、人がおもしろいと感じてスマホなどで撮るのではないかと。必ず目を引くイラストをいれるといったアナログな工夫をしながら注目度を高める。そうすると、いまの人はおもしろいものを街で撮って多くに知らせるという行動をとりますので、シェアされる機会が増える。長い目で見て、この効果は大きいんです。2007年あたりにTwitterとFacebookが日本に上陸して以来、むしろアナログな表現に対する再評価が高まっていると感じます。だから看板は最先端へと進むより「アナログな記号性」のほうがこれからの時代のカギになってくるに違いない。
――あと、公衆の面前にも関わらず一緒にお風呂に入っているふうに見える顔出し顔ハメ看板は、お色気もあって、おもしろいです。
あれはコピーも僕が考えたんです。ふつうだったら「気持ちいいよ~」「気持ちいいぞ~」だったりなんですけれど、そこを「はぁ~快感」とか。あえてセクシーな表現を少し強めてみる。
――それは、なぜですか?
“言葉の露出狂”でありたいからです。
――こ、言葉の露出狂!
僕は言葉をデザインする看板屋ですから、普通の言語感覚とは違う言葉に惹かれるんです。クライアントのある鍼灸院では、扇情的なイラストに「かもんかもん え? 素通り?」とか「仕事で目がつかれている方、目の保養になりましたか?」とか、そういう、エロってわけじゃなく、ちょっとヘンタイなコピーを考える。僕って本気でそういうことをおもしろいと思っているし! 本気で女性店長にこういう提案をしてゆくんですよ! 「熟女」モノというジャンルを確立したAV監督の溜池ゴローさんも「これからはヘンタイが強い」とおっしゃってたし。
――なるほどそれは言葉の露出狂ですねえ。
ギラギラ、むらむらするストレートな言葉で、広告的でありながら広告であることを崩してゆく。そうすることで道ゆく人に面白いと思ってもらえたり、「これ見たら、目に焼きついて忘れられないんじゃないか」って本気で思ってるわけですよ。広告かも知んないけどVOWっぽい遊び心をミックスしてね。
――僕も、もし見かけたら撮影はするでしょうね。
こういう世界観で看板を作っていくと、誰しも写メしたくなるだろうし、誰かに言ってみたくなる。ストレスにならずにおもしろがってくれる。そんなふうにこれまでの「広告的な記号」を書きかえてゆきたいんです。
――高橋さんのお考えはきっと看板業界にとってそうとう斬新なのではないかと察しますが、反対や抵抗する意見はこれまでなかったのでしょうか?
ありましたよ。「クレイジーだ」って。もともと代理店さんからの仕事ばっかりやってる下請け100パーセントで会社だったのに、僕が新しいことを興そうとするから、反対も抵抗も妨害もありました。おそろしいくらい閉鎖的な業界なので叩かれて出入り禁止みたいな感じになったり、「仕事出すな」とか、企画をつぶされたりとか。危機は何度もあって、つぶれそうにもなりましたしね。でも僕は人に頭を下げるのが苦手で、できないんですよ。その姿勢をずっと貫いていたら、次第に理解してくれるクライアントが増えていったという感じですね。
――貫くことってやはり大事なのですね。次回も高橋さんの功績に迫ります。どうぞよろしくお願いいたします。
取材・執筆 吉村智樹(放送作家)